ゴジララグビー ブログ

Facebook

LA-godzilla Rfc


検索フォーム

カテゴリー

月別アーカイブ

最近のエントリー

フリーエリア

DTIブログポータルへ
このブログを通報
Report Abuse

利用規約

第1回 U.S. Japan Cup ラグビー

2005.06.04 Sat

アメリカ・・・色々な事情でアメリカにいる日本人がいるが、その中でラグビーをする日本人軍団つまり、「ラグビー馬鹿」がなぜか集まり、2005年6月4日に試合が行われた。



ロサンゼルス・ニューヨーク、そしてシカゴと日本人ラグビークラブがあり、どうしても試合をしてみようとシカゴの日本人ラグビーチームが声をかけて集まった「全米ラグビー大会」とでも言うのか。。今回は、な、なんとスクールウォーズのモデルとなった伏見工業高校ラグビー部の監督の山口良治氏(通称、泣き虫先生)を向かえ講演会まで開きこの大会を観戦された。

結果は、得失点差でニューヨークオールジャパンクラブが優勝しました。

ちょっとまて、、ここはゴジラのホームページだから言うが、ゴジラRFCはニューヨークオールジャパンに勝ちました。この「得失点差」がミソだから、そこんとこ誤解するな。

では、ゴジラの試合内容をお伝えします。



ゴジラRFC VS New York 26対17でゴジラの勝利

NY戦前半



試合開始のキックオフのボールをクリスがプレッシャーをかけ、相手陣奥でマイボールラインアウト。ラインアウトから出たボールをトーヤが縦に突っ込みそのままトライ。その後もゴジラが攻め込みラックでボールをつなぎ、トーヤの横にフォローに入った三上にボールを浮かしそのままトライに飛び込む。三上はトライしたにも関わらず、笑顔一つ見せなかった。(コラ!スマイルぐらいしろ!)そしてNYにトライを一本許すがその後すぐにゴジラが攻め込みトーヤが縦をつき倒されたところすばやくセリタが拾いそのままトライ。


NY戦後半

中盤ラックからのボールをタカが拾い、細かいステップで抜け大きくゲインし、
シン、ハタノとつないで相手のペナルティを誘い、サムのチョンゲリを受けたジュンゾーが飛び込んでトライ。途中、ゴジラ内で喧嘩が始まり審判はNYと口喧嘩していると誤解したシーンがありました。



これは、バックスがマピコさんに叫んでも彼は全く見向きもしない・・・単にヘッドキャップが原因で聞こえなかったことがわかり、次回からはヘッドキャップを外すことだろう。


その後、1トライを許すがゴジラが9点差で何とか勝利。あるニューヨークの選手の中でこのHPで紹介されている女子マネージャーに会いたくて今回の大会にお金をカンパしてもらい参加したという純粋な男がいたことが判明。
しかし、その彼では到底相手にされるわけでもないが、あの手の女性は純な心を持つ君(つーか名前しらないけど)にはもったいないからもっと上を目指そうぜ!(笑

ニューヨークは、どこからもトライがとれる凄く良いチームだった。これはゴジラの全員が認めている。
今回、勝てたのが不思議なぐらいだと思う。ただ、野茂に似た人は、試合中の顔は野茂に似てなかった。

ゴジラRFC VS CHICAGO 21対22 でゴジラ惜敗



こっちの試合に関しては前半2トライを取られ、0対10で折り返した後半、ゴジラらしいバックス、フォワードでグランドを大きく使い、つないでつないでゴジラが逆転に成功するが、終了間際に惜しくもトライを許し、1点差に追いつかれ、
今までその日一本も決まっていなかったシカゴのゴールキックが決まり、逆転されそのままノーサイドという惜しい結果となってしまいました。

シカゴ戦前半



最初はシカゴのペースで試合が進む。そして2トライを許すが前半の後半でゴジラも前へ横へ押し進むようになるが惜しくも得点につながらず前半終了。途中、まさし(通称マピコ)が「おまえら〜反則までして勝ちたいのかよ〜!ペッペッ!」と何故かシカゴの大春に食って掛かかる場面があり、更に「オヤジ狩りだ〜」と言うがそれを見ていた観客から「ロスもオヤジじゃねーかよ!」という突っ込みが入り、さすがのゴジラも試合中だが噴出したシーンがあった。

シカゴ戦後半

初盤自陣に攻め込まれるがそこからバックスでまわそうと試みるがなかなか前進できず、
相手の田代に痛恨のトライを奪われる。この人、見た目は普通のめがねかけた人でラグビーはうまそうに見えないが実際はめちゃくちゃうまい!!



しかし中盤からゴジラのボールが外に回るようになり、ゴジラがボールをつないでつないで最後はサム→コヤマと渡りトライ。このトライが重要で実は、この試合前、サムと小山は、ラグビーの戦術についてかなりの討論になり、チームがディフェンスについて大きく分かれた。ゴジラチーム内ではチーム存続の「大事件」になり、夜中の3時までエロビデオを見ながら熱くミーティングをした人も居たらしい。。その事件の当事者が繋いでのトライ・・
そして抱き合って喜びを分かち合ったからチーム内に色々な思いがこみ上げてきた・・・
やっぱ、ラグビーって不思議なスポーツですね。

そして超快速ロック、クリスによる独走でまたトライ。

最後はシンのカットインからの独走で2人振りきり、逆転トライとなる「ロマン派トライ」を決めたが前述の通り最後の最後で相手にトライを許し、ゴールも決められ1点差で逆転され、そのままノーサイド。



(実はシカゴ戦の後半はどのトライもビデオに撮れておらず、コービーのサインプレイからの独走シーンもカットされておりました。というのも撮影を担当してくれたヒデは水を運んだり、けが人の代わりに一時グランドに出たりと大忙しでした。
そのビデオがどれだけ忙しかったかを物語ってくれます。ヒデありがとう!!)

シカゴは、今回の試合の準備などで大変だったこともあり、体力が最後までもたなくニューヨークに点数をとられてしまい、結局、ニューヨークチームが「得失点差」で優勝した。MVPにはニューヨークのFW北林慎史(O型)が山口良治から選ばれた。うー!うらやましい!ちきしょー

ゴジラは人数がぎりぎりで全員がフルで出場しました。あれだけ多く試合に出ると思い出が沢山できるもんですね。そして、何よりもラグビー経験値があがったのではないだろうか?ラグビーは試合にたくさんでてこそうまくなるもんです。



あそこに来たラグビー馬鹿どもは、どこも同じレベルっつーことですわ。そりゃそうだろう。よく考えたら、クラブチームでやってる奴らはそれなりにポリシーがあるわけで、あんな危険な利益を生まないスポーツで常に自分を高めようとしているわけだ。 そいつらとのぶつかり合い、駆け引きは、言葉では表せないモンがある。
これはアマチュアラグビーでは世界共通な部分ではないだろうか?
フォワード、バックスとゴジラは、トライをとった。



ほんとみんなで繋いでやったもんだと思います。「ラグビーは少年をいち早く大人にし、大人をいつまでも少年の心を持たせる」みたいな事をフランス人が言ってたと講演会のとき司会の大春さんが言っておられましたが、これって、ラグビーをエロに変えても通じることかもしれませんね。そういうことではないかっ!失礼しました!

  1. 2005/06/04(土) 04:30:31|
  2. 2005年 U.S. Japan Cup|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

U.S. Japan Cup シカゴ戦

2005.02.26 Sat

2005年2月26日、オレンジカウンティーで行われた全米チャンピオンシップの結果

いよいよやって来たシカゴ少年団との決戦の日。日本人チームとの対戦はゴジラRFC11年の歴史初。対するシカゴ少年団は、NYジャパンに雪辱し、一気に全米一を勝ち取らんと気合が入る。



否が応にも上がる両軍のテンション。試合開始早々から激しい意地のぶつかり合い。ゴジラRFCは、平均年齢が比較的低いと言われた若手主体のチーム対するシカゴ少年団は、経験豊富な100戦練磨のツワモノぞろい。しかも、平均年齢が40歳を超えているチームである。



試合前は、フォワード主体のシカゴに対してゴジラはバックスとフォワードのコンビネーションつまり、近代ラグビーで攻める予定だったが、シカゴ少年団はそれを見事に読んでおりフォワードで痛いところを攻めてきた。ゴジラの持ち味が出ない試合展開となってしまった。



開始から数分後、シカゴ少年団が先制トライをもぎ取る。 しかし、ゴジラのフォワードもそれに耐え 持ち味のランニングラグビーに徹して何とかトライを取り返し同点に持ち込む。



両チームの激しいぶつかり合いにより、怪我人が続出し、救急車を呼ぶハプニングもあった。我がゴジラRFCも同様にキャプテン、コービー島田がトライを取ったものの、右手を負傷してしまいプレーが続行できなかった。そんな中、前半戦が終わり後半戦にもつれ込んだ。

ゴジラRFCの必死の詐欺勧誘により、観客を女性限定にして誘導したり、また、日本から有馬先生などを招聘したりした手前、この試合は絶対に負けれない。

後半戦に入りゴジラRFCは、メンバーを強化してきた。(もちろん、トライ王は、後半戦に出場)しかし、トライ王にはボールは2,3度来た程度だった。これは、トライ王にパスをするのを拒むチームメイトもいたという噂もあるが。。



シカゴ「少年団」と名乗ってはいるものの、実際は、キャバクラで女の子と赤ちゃん言葉で話すだけで喜んで300ドル払ってしまう(日本円で約3万5千円)、こんなオ○サン連中ばかりなのだ。ラグビー歴は華やかで、大学選手権経験者もいるほどでちゅけどね。

一方、ゴジラRFCは、貧乏というか、、一般的な文化生活を営んでいない風来坊ばかり、人生では明らかに「優等生VS劣等生」である。せめてラグビーだけでも勝たないとホントの負け組になってしまうという危機感を持っていたらしい。



シカゴ少年団は、うまかった。長年ラグビーという奇妙で不思議なスポーツに関わってきただけあって、何だかんだ言っても走りこみもしていただろうし、試合慣れした選手も大勢いたと思う。

一方ゴジラRFCは、7人制主体のチームということもあり、15人制の試合にはあまり慣れていない。。反則も多くとられて、中にはレフリーに食って掛かる場面も多く見られた。レフリーに食ってかかっていた人物はここではあえて公開しない。

観客からこの試合を見ていたある一流プレーヤーが言うには、「ゴジラは反則が多いというか、反則をうまく隠していない。ただ勢いだけでやっている」ということを後に語っていた。

後半戦は、シカゴ少年団がトライを奪い逆転される。これもそうだが、サイド攻撃をうまく利用してのトライ。猛攻トライと呼んでおこうか。これに対してゴジラRFCは、後半戦は、ほぼディフェンスばかり。。特にゴジラRFCのフォワードは大変だったろう。怪我人が多くでたのも理解できる。この光景を見ていた2流プレーヤーが言うには、「ゴジラは良く止めた。普通ならあきらめて点差が開く展開だが。。」と後に語っていた。

しかし、そのわずかな攻撃チャンスをものにしたのはゴジラRFCであった。今大会MVPを獲得したゴジラRFCのタカのサイドからの攻撃で独走トライ!このトライには観客も沸いた。 (特に女性観客)



更に勢いに乗ったゴジラRFCは、ペナルティーから隆平、三上の攻撃、そして藤田の独走劇(しかし、惜しくもスローフォワード・・)があったが、気づいたらノーサイドの笛が鳴って。同点で14対14で幕を閉じた。

その後は、東西対抗ということで名古屋を境に西と東で両チーム別れての親善試合があった。この結果も同様に同点で終わったわけだが、お互いに年齢とか経歴とか関係なくラグビーを通じて楽しい時が過ごせたと思える大会だった。

次回、リベンジとして6月4日にシカゴで再戦ことをお互いに約束した。
最後に、「ラグビーは少年をいち早く大人にし、大人をいつまでも子供の心持ち続けるスポーツである」という言葉をシカゴの元一流プレーヤーがゴジラの一員に残したのも印象的である。(もちろん、この言葉はパクリであるのは言うまでもない)

  1. 2005/02/26(土) 13:23:16|
  2. 2005年 U.S. Japan Cup|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0